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  1. 2037/01/01(木) 00:00:00|
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「異業種ネット」e業種18

  1. 2008/09/25(木) 13:48:00|
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株式会社 堤建設
代表取締役 堤 義信

足跡:地元出身。『堤建設』創業者を父に持つが、自身はその仕事を継ぐつもりはなく、歌手を目指して活動していた。しかし、要請により29歳で地元に戻り、『堤建設』に入社。数年間、専務として仕事に従事した後、2代目として代表取締役に就任。現在に至る。

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●自らの経験を生かしつつ
新しい自分の責務を果たす

「自分を変えようと決意したことが
大きな転機になりました」

 かつては歌手になるという夢に向かってひた向きに歩んでいたという『堤建設』の堤社長。父である先代の希望から、やむを得ず会社を継いだが、その当初はやる気もなく、従業員ともうまくいかなかったという。しかし日毎に「このままではいけない」という気持ちが強くなり、意識的に自分を変えることを決意した。「24時間、違う自分を演じ、それが自然な自分になるまで努力を続けた」と語る社長。その社長は、今や誰もが認める“真面目な人間”で通っている。そんな自らの経験を、社長は従業員教育にも活かしている。相談に乗るときは、かつての自分の目線からアドバイスするのだ。そして、自分を変えたいと思っている人には、決意し努力すれば、必ず道が開けることを教えている。「変われる」ということを、教えられる経営者は少ない。

■昭和43年に一般住宅を手掛ける建設会社としてスタートした『堤建設』。昭和58年の法人化とともに、業務を拡大。現在は九州各地の橋梁工事を主体に、地元の土木工事などを手掛けており、高い評価を得ている。2代目として同社を牽引する堤社長に、タレントの渡辺めぐみさんがお話を伺った。



渡辺 こちらのご創業はいつですか。

堤 昭和43年に、先代である私の父が創業しました。元々は住宅建築を手掛けていたのですが、今は橋梁工事を主体にしています。法人化した昭和58年ぐらいから徐々に業務をシフトし、現在に至っています。

渡辺 社長ご自身は、学校を出られてからすぐにこの業界に?

堤 いいえ。普通のサラリーマンも経験しましたが、実は歌手を目指してバンドをやっていたんですよ。趣味程度ではなく、結構真剣にね(笑)。こちらに帰って来たのは29歳のときでしたが、それまでは夢を諦めずに頑張っていました。

渡辺 こちらに戻られたのは、どういった経緯で?

堤 先代が病気をしたことをきっかけに、後継者を探し始めたんです。私は家を出てしまっていましたから、私の兄弟や親戚などもあたってみたようなのですが、皆遠慮して…。結局、長男である私に話が回って来たのです。

渡辺 お話を聞いて、社長はすんなりと承諾されたのですか。

堤 自分の夢を捨てるか、親の為に会社に入るか…随分と悩みましたよ。その末、帰って会社を継ぐことに決めたのですが、いざ帰ってみると病気のはずの父がピンピンしていて(笑)。けれど、もう後戻りもできませんでした。

渡辺 最初は先代の下で色々と勉強をされて?

堤 帰ってきてすぐに専務からスタートしたのですが、「帰って来た代わりに自分に全てを任せて欲しい」と言って、気ままにやらせてもらいました。経営に関しては分からないことだらけでしたし、営業も経験がありませんでしたが…。当時はまだ先代も一緒に仕事をしていましたが、お互いに話もしない親子でしたね(笑)。

渡辺 先代はどういった方なのですか。

堤 昔ながらの職人気質で、とにかく厳しい人間ですね。子どもの頃は親子喧嘩ばかりしていましたよ。

渡辺 色々と確執があっても、会社を継げるのは親子だからでしょうね。

堤 そうですね。でも、最初は頑張ろうという気がありませんでした。従業員とも喧嘩ばっかりしていて、とにかく周囲からは敬遠されていましたね。けれども、日が経つにつれて「これじゃ、いけない」と思うようになったのです。人に褒められるような人間ではなかったので、正反対の人間になりたくてね。とにかく意識して自分を変えるように努力しました。そのころは日々、別の自分を演じているような感じでしたが、今ではそれが普通になっています。お陰様で今では真面目な人間で通っているんですよ(笑)。皆さんにそういう評価をして頂けるようになれたというのは嬉しい限りですね。

渡辺 自分を変えたいと思っていても、環境が変わらないと難しいですものね。そういう意味では、きっかけがあって良かったのでしょうね。

堤 そうだと思います。心の中では父に対して感謝しています。

渡辺 代替わりされたのはいつですか。

堤 32歳です。それからは、自分を甘やかさないようにしてきました。

渡辺 たくさんの人をまとめていくのは大変でしょうね。

堤 確かに最初のころは大変でしたが、今はそう思いません。会社というのは雇う側、雇われる側で上下関係や垣根があるものだと思いますが、私自身の性分でどうしてもそういう風に考えられないんですよ。上司と部下ではなく、人間対人間の付き合いとして、プライベートな相談にも乗ったりしています。

渡辺 それらが風通しの良い社風につながっているのでしょうね。同業者も多いと思いますが、その中で他所には負けないという部分はどこですか。

堤 真面目さですね。今、建築業界は安全面や偽造問題に揺れていますが、当社はそういったことは無縁です。とにかく真面目一本でやってきましたからね。今後は公共工事も減ってくるでしょうし、かなりの数が淘汰されると思いますが、その中で最後の最後まで生き残れる自信はあります。

渡辺 それは、社員教育を徹底されているからこそなのでしょうね。

堤 いいえ、従業員に恵まれているからです。皆が頑張ってくれるので、私としても自信を持つことができるのです。

渡辺 最後にこれからの展望を。

堤 会社としては、橋梁部門で九州では『堤建設』が一番だと言われるようにしたいですね。また、建設業以外にもチャレンジできるものがあれば、積極的に挑戦してみたいと思っています。





横を向いたときに何が出来るかを考えてきました

▼思いがけず先代の会社を継ぐことになり、投げやりな気持ちになっていた堤社長だったが、あるとき、自分を180度変えようと決心した。「お客様の前で良い顔ができても、商談が終わって車に乗ったときに、さっきとは全然違う自分になることに気付いた」からだという。以来社長は、客を前にしても、自分1人のときでも、等しく客を大切に思うように努力した。「お客様と面しているときは、誰でもそれなりの対応はできるんです。しかし、お客様が横を向いたときに何ができるか。常にそれを考えてきました」と社長。
▼心の持ちようを変えることは、実に大変だっただろう。しかしそれを乗り越えて、今や社長は多くの人から信頼を寄せられる人格者となった。「お互いに話もしない親子でした」と語っていた社長だが、この変貌ぶりを一番喜んでいるのは先代なのかもしれない。

対談を終えて

「会社のカラーというのは、経営者の人柄がその大部分を決めると思います。表裏なく、心の底から人や仕事を愛せる人の下には、同じ心根の人が集まるでしょうし、そうして生まれた組織は、信用に値する企業です。こちらはまさに、そういう会社だと感じました。(渡辺 めぐみさん・談)」



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「異業種ネット」e業種17

  1. 2008/09/24(水) 13:45:11|
  2. 全国紙|
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株式会社 ゴア
代表取締役 田崎 靖彦

PRESIDENT PROFILE
▼東京都出身。長年解体工事業に携わり、勤務していた会社で現場指揮を経験後、営業部へ異動。事業部を左右するほどの営業成績を上げるなど才能の高さを示した。依頼された仕事を、昔からつきあいのあった仲間たちにも依頼していく中で、仲間から「一緒に仕事をしよう」との誘いを受け、営業専門部署として平成18年に「ゴア」を設立した。
▼厳格だが惜しみない愛情を注ぐ父親のもとで育った田崎社長は、若い頃から独立心が旺盛で、いつか自分の会社を興したいという思いを持っていた。設立から数カ月ながら、本社・営業所・資材置き場を抱え、現在もなお急成長し続けている。

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心から信頼する仲間たちと共にこれからも前を見て走り続ける
仲間たちに感謝、家族に感謝、そして今は亡き父に感謝─。多くの人のお陰で今の自分がある。「自分が幸せだと感じられる環境にいれば、周囲の人も幸せを感じてくれる」と急成長中の企業を牽引するプレッシャーに打ち勝ち前進し続けてきた。熱い思いを持った厳しくも優しき漢(おとこ)、田崎社長にインタビュー。


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土木事業・解体事業・塗装事業・建設事業・設備事業・不動産事業など幅広い営業内容を誇る「ゴア」。常に情熱を持って仕事に当たる同社のスタッフたちには田崎社長も全幅の信頼を寄せる。
本日は渡嘉敷勝男氏が、田崎社長にインタビュー。





渡嘉敷 急成長を遂げている躍進企業にお邪魔できるということで大変楽しみに参りました。早速ですが、社長が「ゴア」さんを設立されたきっかけからお伺いしたいと思います。

田崎 勤めていた会社で、ずっと親方として現場の指揮を執らせていただいていましたが、今から7年ほど前に現場ではなく営業へ移ったんです。そちらでも好成績を伸ばすことができました。私が依頼を受けた仕事をお願いする業者さんとして、旧知の仲間たちに仕事を依頼していたのですが、ある時仲間が「一緒に仕事をしないか」と誘ってくれたのです。そこで、新規顧客を開拓すべく営業専門部署として設立したのが当社「ゴア」なんですよ。

渡嘉敷 なるほど。設立当時はいかがでしたか。

田崎 慌ただしく、かつゼロからのスタートでしたから、明日はどうなるのだろうと不安を感じていたのです。そんな中、これまでに培った人脈、仲間や家族、周囲の人々が助け、支え、応援して下さいました。そのお陰で会社設立の手応えを感じることができるようになったのです。今では、この仕事の醍醐味を「限界がないこと」だと感じています。自ら会社を設立したことによって、制限がなくなりました。頂上は自分でいくらでも設定できるのです。これは勤務時代には味わえなかった感覚ですね。また、全てが自分の責任となって返ってきます。もちろんそのプレッシャーはありますが、それも適度な緊張感と受け止め、順調に進んでいけると思っています。

渡嘉敷 出会いに恵まれていらっしゃったのですね。

田崎 はい。私にはたくさんの仲間がいます。彼らがいてくれたからこそ今の私があるのだと心から感謝しています。これは、特攻隊員だった父の教えにも通じるところがあるんです。父は私に「お前は1人で生きているのではない。周囲の人々から生かされているのだ」ということを教えてくれました。人間は大勢の人の支えの上に立っていることをしみじみと感じ、改めて父を尊敬しています。残念ながら父は2年前に他界しましたが、父の言葉を胸に、日々の仕事に励んでいます。

渡嘉敷 きっと気さくで明るい田崎社長のお人柄も、良い仲間を惹きつけているのでしょうね。ところで、こちら「ゴア」さんのカラーと言いますと?

田崎 「熱い心」です。当社「ゴア」は「The Great Of All Hearts」のG、O、A、Hをとって「GOAH(ゴア)」という意味なんですよ。それにあらわれているように、当社の仕事に対する情熱は誰にも負けない熱いものなんです。仲間たちも意欲に溢れ、頼もしい限りです。

渡嘉敷 では奥様に伺いたいのですが、仕事人としての社長、家庭人としての社長はどのような人物ですか。

田崎(奥様) 仕事に関しては、一緒に働いている人みんなに厳しいようです。でも、それ以上に自分自身に厳しい人なんですよ。だからこそ、仕事が終わった後や家に帰ってきた時の主人は誰よりも優しいのです。また、どんな時にも言動に1本筋が通っています。男気のある人だと思います。

渡嘉敷 なるほど。私もお話を伺っていて社長の熱い魂に触れたような気がしています。それでは、一緒に働いていらっしゃるスタッフの皆さんに日頃からお話しされていることは何でしょう。

田崎 当社には若いスタッフが多く、中にはまだやんちゃをしたい年頃の子もいますが(笑)、仕事に打ち込む情熱は一級品なんです。ただ、仕事をするうえではそれだけでは足りません。たとえば必ず時間を守ること。誰に対しても挨拶をしっかりすること。こういった礼儀作法については常に話をしています。そういった小さな気遣いを評価して頂き、次の仕事が生まれることもあるんですよ。

渡嘉敷 これからを担う若いスタッフたちにメッセージをお願いします。

田崎 仕事が苦しい、きついのは当たり前。苦しいから、きついからこそお金をいただけるのです。誰もしようとしないことをするからよりたくさんのお金をいただける。そのことを頭において、仕事に臨んでほしいと思います。

渡嘉敷 最後に今後の抱負を。

田崎 私は、これ以上会社の規模を大きくしたいとは思っていません。意欲のある、意識の高いスタッフがおりますから、少数精鋭で頑張っていきたいのです。これまで、仕事への姿勢はもちろんのことですが、誰もしないような仕事を手掛けることでも取引先からの信頼を得てきました。私は仕事に関してははっきりしていましてね。「やる」か「やらない」かなんです。しかしほとんどの場合、当社は依頼された仕事をお断りしません。一見難しくてもなんとか工夫できないものかと考えてみるからです。さらに、私は経営者として多少の利益は追求する必要がありますが、商売はそればかりではないと思うのです。現場仕事は仕事の内容がいのち。それがあればお金は後からついてくるものだと考えています。その上で当社の仕事ぶりを評価するのは相手の方々。そこで気に入っていただければまた次の仕事につながりますし、その方が強い信頼関係が築けるのです。これからも熱い心を持った仲間たちとの絆を大切に、みんなで一緒に前進していきたいですね。






……トップに立つべくして立った人物

▼「少数精鋭」にこだわる田崎社長。それは「ゴア」のスタッフがどれだけ優秀かということの現れだ。また、田崎社長が同社のスタッフたちを心から信頼しているという現れでもある。営業の仕事は取引先との信頼関係を築くことが第一歩。現場の仕事は共に作業にあたる仲間たちを信じて動くチームワークが大切だ。「ゴア」設立前には、仲間たちとの信頼関係が、「ゴア」設立後にも仲間たちとの信頼関係が田崎社長を前へ前へと走らせている。
▼そんな社長を周囲の人は「男気がある」と評した。ゲストインタビュアーの渡嘉敷勝男氏は「努力と根性の人」と評した。人間的な魅力と不屈の精神、これらはトップに立つ者にとって欠かせない要素。既にそれらを兼ね備えた田崎社長の今後の活躍に期待がかかる。

「異業種ネット」e業種16

  1. 2008/09/23(火) 13:43:14|
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株式会社 森忠建設造園
代表取締役 森本 忠彦(一級土木施工管理技術者)

学業修了後、造園業を営む父の元で修業を始める。3年後、建設会社に就職。造園部で多様な仕事を手掛け、その技術を確かで幅広いものとする。その後『森忠建設造園』を設立。磨き上げられた技術と豊富な経験、そしてきめ細かいサービスで、顧客の満足を追求している。

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和庭園や洋風ガーデニング、外構工事、公園工事などを手掛ける『森忠建設造園』。伝統的な技術を基本にしながらも、現代的な要素を巧みに取り入れた造園で、オリジナリティあふれる暮らしを提供している。近年では、3DCADシステム(立体画像のカラー設計図)も導入。完成イメージが分かりやすいと顧客から好評を得ている。



村野 まずは社長の歩みから。

森本 もともと父が造園業を営んでいたんです。私は学業修了後すぐに父の元で働き始め、約3年間修業させてもらいました。その後、奈良の建設会社の造園部に就職。そちらは大きな会社で、様々な仕事を手掛け、経験を積んだことが、今につながっていると思います。その後、地元に戻り『森忠建設造園』を設立しました。

村野 こちらではどのようなお仕事を手掛けておられるのですか。

森本 日本の伝統的な和庭園や洋風のガーデニング、また和洋の良さをバランスよく取り入れた和洋庭園などを手掛けています。他に門扉や塀、敷石などの外構工事、公園工事や土木工事なども行っています。最近ではカーポートを手掛けることも多いですね。

村野 とても幅広く手掛けておられるのですね。お仕事の上で、一番大切にされていることは何ですか。

森本 やはり信用ですね。お客様の持たれている希望を把握するために綿密な打ち合わせを重ね、ご予算に合わせた理想的な庭づくりに努めています。最近では3DCADシステムを取り入れ、完成イメージをより分かりやすく提示することができるようになりました。お陰様で現在は、個人のお客様のほとんどが紹介や口コミで訪ねてくださいます。

村野 堅実なお仕事が信用を生んでいるのでしょう。現在は御子息もご一緒に働かれているそうですね。

森本 はい。息子2人と共に働いています。どちらも頑張ってくれていますね。私が何も言わなくても自分で考えて行動してくれるので、とても助けられています。

村野 将来の『森忠建設造園』さんの事業展開がとても楽しみですね。社長から御子息に託したい思いはありますか。

森本 最近は時代の流れもあり、伝統的な和庭園を手掛けることが減ってきていますが、いずれその良さが見直される時がくると思うんです。和庭園づくりは私が父から受け継いだ造園の基本です。ニーズに応えるために、現代風の要素を取り入れることはもちろん重要ですが、日本の伝統文化の素晴らしい技術も、大切に残していってもらいたい。幸い京都には素晴らしい庭園が多くあります。そんな場所にも足を運び、感性を磨いて欲しいですね。

村野 和庭園はやはり、我々の心を癒す力を持っていますからね。ぜひ残していっていただきたいと思います。




対談を終えて

「その明るく元気なお話から、お仕事に対する熱意や愛情が伝わってきました。御子息たちもきっと、そんな社長の姿勢を受け継いでいかれることでしょうね。これからも頑張ってください(村野 武範さん・談)」


「異業種ネット」e業種15

  1. 2008/09/22(月) 13:41:38|
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有限会社 藤本建設
代表取締役 藤本 司

藤本社長の足跡:愛知県出身。学業修了後、舗装工事や土木工事を手掛ける企業に就職し、経験を積む。その後「藤本建設」に入社し、専務取締役として父親のもとでさらなる経験を積んだ。平成17年、父親の跡を継ぎ、代表取締役に就任。

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●お客様の喜ぶ顔が見たいから──
(有)藤本建設先代代表取締役 藤本 國勝
「同業他社は多いが、皆は大きな仕事がほしいと狙っていく。でも俺のやり方は違う。人がやりたがらない仕事をやっていくんだ」──生前、2代目社長・司氏にこう語ったという先代社長・國勝氏。先代は小規模の舗装工事でも丁寧に美しく仕上げることが大切だと、常に1つひとつの仕事に全力を傾けてきた。「それが先々の自分の糧となる。皆と反対の方向でも、迷わずに進め」──先代社長は確固たる信念を貫いた職人の中の職人だった。

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舗装工事、土木一般を手掛ける「藤本建設」。昭和57年の設立以来、地域との信頼関係を着実に築き、成長してきた精鋭企業だ。2代目社長・藤本司氏は、先代社長の遺した基盤を守るだけでなく、公共工事という新たな分野を開拓。同社を支える従業員たちに全幅の信頼を寄せ、共に奮闘している。



三ツ木 早速ですが、まずは「藤本建設」さんの沿革からお伺いします。

藤本(司) 「藤本建設」は、昭和57年に、今は亡き父・國勝によって設立されました。当社は舗装工事、土木一般を取り扱っておりまして、道路の舗装工事や土木工事、とび工事などを手掛けています。

三ツ木 藤本取締役からご覧になって先代社長はどのような方でしたか。

藤本(順) 典型的な職人でしたね。夜遅くまで仕事で汗を流し、家に帰って好きなお酒を楽しみ、そしてまた朝になると仕事に向かう生活でした。朝早くトラックに乗って家を出る主人のために、朝ご飯のおにぎりを握ったものです。本当に一生懸命働く昔気質の職人でした。実は、主人と私は駆け落ちをしまして、2人で主人の兄弟を頼ってここ名古屋にやってきたのです。

三ツ木 ゼロからのスタートだったのですね。ご苦労されたでしょう。

藤本(順) そうですね。今思えば、生きるために必死だったように思います。主人としては、結婚式も挙げずじまいだった私のことをなんとか幸せにしてやりたいと思ってくれていたようです。仕事に対してはかなり厳しい人でしたが、私には優しい人でしたよ。何ごとにも真面目に取り組む、素晴らしい人だったと思います。

三ツ木 藤本社長からご覧になって、先代社長はどんな方でしたか。

藤本(司) 父が「藤本建設」の創業者として私に教えてくれたのは、「本業にしっかりと取り組めない人間が、副業などできるわけがない。自分自身の仕事を真面目に、そして地道にやり続けなさい」ということ。父は見事にその言葉を体現していました。こつこつと頑張れば道が拓けることを教えてくれた父には心から感謝しています。両親は、バブル経済に浮き足立つこともなく、堅実さを持って様々な苦境を乗り越えてきたんです。その苦労を知っていたからこそ、私は両親の頑張りを無にすることはできないと考えました。ですから、父にはひとことも後継について言われたことがなかったのですが、私の中で自然にそういう気持ちが芽生えていたんです。

三ツ木 なるほど。ではどちらかで修業を積まれて、「藤本建設」さんに?

藤本(司) はい。父は、「現場の作業員と同じ生活をしてみなければ、彼らの気持ちは分からない」と言っていました。父自身もたたき上げの人間ですので、息子といえども、むしろ息子だからこそ甘やかしてはいけないと思ったのだと思います。また、当社の職人たちへ筋を通す意味もあったのでしょう。私自身、外の世界で経験を積むことで、多くのことを学ばせて頂きました。

三ツ木 お父様の跡を引き継がれるのは相当なプレッシャーだったでしょう。

藤本(司) そうですね。会社の将来が私にかかっていると思うと責任の重さを実感しました。でも、そんな代替わりの大変な時期を支えてくれたのは従業員の皆でした。若く未熟な私がいきなり会社を仕切ることになり、先代の時代から頑張ってくれている従業員たちは本当に不安だったことでしょう。それでも皆は寛容な心で見守り、サポートしてくれたんです。そのお陰でこれまで経営者として頑張ってこられたのだと心から感謝しています。今も、私よりずっと年上のベテラン従業員が現役で支えてくれているので、組織がうまく動くのだと思います。従業員たちには本当に感謝の気持ちでいっぱいですね。良い人材に恵まれていると改めて実感しています。

三ツ木 立派に経営者として辣腕を振るっていらっしゃる様子が窺えます。お話も尽きませんが、最後に将来の展望を。まずは藤本取締役から。

藤本(順) 社長も経験を積み、ノウハウを重ね、今や安心して任せられる経営者に成長してくれました。あとは、亡き主人のように、懐の大きな「親方」的な存在になってくれればと思います。

三ツ木 では藤本社長お願いします。

藤本(司) 父のように良い仕事を手掛けていきたいですね。利益はもちろん大切ですが、それだけでは駄目なんです。お客様に喜んで頂ける仕事を心がけていれば、利益は自然と後から付いてくるもの。まだまだ未熟者ですが、従業員の皆と共に力を合わせて頑張る所存です。


先代から受け継がれるお客様への想い

▼「藤本建設」の従業員たちが共通して持つ想い──「お客様に喜んで頂ける仕事をしよう」。これは藤本社長の父親で「藤本建設」先代社長・藤本國勝氏の強い志でもある。「父はどんな小さな仕事でも喜んで引き受けていた人でした。儲けよりも人の役に立てることをやりがいとして仕事に取り組んでいたのです」と語る現社長・藤本司氏。東海3県なら依頼があればどこまでも出かけていったという先代の仕事に対する姿勢を受け継ぎ、1つひとつの仕事を大切に、そして丁寧に手掛けている。
▼昭和57年の設立以来、「藤本建設」は先代社長の誠実さと仕事に対する真摯な姿勢によって地域との信頼関係を築いてきた。その土台を引き継いだ藤本社長もまた、新たな事業を開拓するなど見事な経営手腕を発揮している。これからも顧客第一主義、そして現場主義を貫き、従業員と共に歩むことだろう。

対談を終えて

「大変良いお話を伺うことができました。ご夫婦の絆、親子の絆、そして従業員の方々との絆を感じました。先代社長は大きな無形の財産を遺された偉大な方だったのですね。藤本社長には、2代目としてのご自身のカラーも大切にしながら、頑張って頂きたいと思います(三ツ木清隆氏・談)」


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